2026年2月12日 ホットカルピスと老害

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白湯、温かいカルピスでスタート。ホットカルピス好きです。有ると飲んじゃう。ペットボトルの完成品より原液を好きに割る方がいい。どうしても濃いめになってしまいます。冷房温度は低めにしちゃうし、暖房は高めにしてしまう。「温かい」と「暖かい」の選択にはいつも悩んでしまう。そんな一日の始まり。

移動中、老害についての動画を聞く。老害と老人を分けて考えるらしい。自分はまだ40代。業界によって異なるとは思うが、建築業界においては「老」の冠を頂戴するにはまだ若いと認識している。古物の世界では完全に新参の若者。老人になることに抵抗はないが、老害になるのは少し嫌だ。静かな場所で好きな機械をいじりながら本を書く生活をしている作家の森博嗣さんの姿は一つの憧れだが、若者との接点は今の所持っていたいという自分が居る。

要するにある程度は誰かに必要とされた状態のまま老人になろうとしているという事になる。コンテンツとしては加齢と共に終わっていって、若者に次世代を託すのがよいと思っているのに、自分だけは必要とされていたいという烏滸がましさを現時点では抱えている。どうしよう。

家や店を建築する際に、資金援助を上の世代から受けるケースは数多い。昔と違って融資の審査も厳しいし、物価も高いので資金援助があるのであれば享受すべきだと思っている。一方で資金援助がない状況を嘆く必要もない。自分の力だけで事業をする事も正しいし、環境を利用するのも正しい。借金が悪い、資金援助は正しい、ではなくて「いい借金」と「悪い借金」「いい資金援助」と「悪い資金援助」があるというのが私の考え。

老害から話がズレた(脱線は得意)。資金援助するのは大体の場合は親で、その親は援助した事業に対して当然口をだす権利を得る事になる。その時の親の態度には学ぶ事が多い。口を出さない方が最近は多く、それは一つの素晴らしい姿だと感じている。自分は金を出して口を出さない姿に現時点では憧れているが、それは自分にとって難しい事と思っているからだと思う。口を出すのが老害という話ではない。頼まれて無いのに口を出す老害になるのを自分は恐れている。という話。曖昧ですみません。誰か詳しい人いたら教えてください。

新築住宅の打ち合わせ。資金計画の説明。全体の資金から、家に使える部分を可視化して見せる。設計スタート。ゾーニングから始める。

古民家改装の現場調査。設備屋さんと配管ルートの確認。見積もりの依頼。内外装の改装範囲の共有。概算見積もりに進む。やる事はまだ沢山ある。老害についてはとりあえず考えない事にする。

ってのが先日の飼い主の独り言。ワン。

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