
蒲郡で食堂を営んでいた叔父と叔母の店の解体見積のために現場へ。閉店してからは近寄っていなかったので久しぶり。売物件の看板がやけに現実的でハッとする。叔父叔母が高齢と介護を理由に閉店し、食堂だった1階の半分は介護がし易いように改装されていて 当時の面影は半分ほど。解体業者さんと中をぐるっと見回して 境界の確認をする。
子供の頃、休みの度に叔父の車に乗っていた。公園もプールも遊園地もおもちゃ屋も ほとんど叔父と一緒だった。ゲームやおもちゃも沢山買ってもらって 帰りの車の中で封を開けたくてソワソワ。ぎりぎり我慢できずに開封した頃に ゆたか屋に到着。 中華そばがでてくる。 雷紋模様の鉢に チャーシューとシナチクとナルト しょうゆ味のラーメン。 あまりに食べるので 私は「チャーシュー」弟は「シナチク」と呼ばれた時期もある。 厨房では叔母がいつも笑っている。
車の免許を取る頃には叔父と一緒に出かける事は少なくなったが、蒲郡で仕事がある時は必ず寄った。食べるものは 中華そばからカレー南蛮うどんに変わった。鶏肉とネギにサラサラのカレーのスープ。 毎回飲み干す。 結婚したら 家族と一緒に行った。 カレー南蛮うどんは 焼肉に変わった。 テーブルの上にコンロを置いてガスホースをつなぎ、換気扇を回す。 厚めに切った豚肉とピーマンと玉ねぎがやってくる。 一人前頼むと 二人前くらいの量がでてくる。 排気をしていても 匂いが店に広がり、焼肉の注文は連鎖する。
閉店が決まってからは 一人でも行ける限りは食べに行った。 地元の人に愛された店だったので 毎回満席。 奥の家族用のテレビがある座敷席に通してくれる叔父の顔は疲れ果てていて カレー南蛮うどんは辛くて切なかった。 食べられなくなる決心などつかないまま あっという間に閉店し 同じくゆたか屋で育った未蕾の惣二郎さんと一緒に 店名の文字入りの食器を持ち帰った。(未蕾の仕事を紹介してくれたのは叔父で 最初の打ち合わせはゆたか屋で行った)
店舗の仕事の時にいつも思い出す。 店はいつも賑やかで 笑顔や真顔 色々混ざって いい匂いだった。 帰る頃には 次はいつ行こう と考えた。 歩いて数十歩程度の駐車場までの道程すら余韻で楽しい。 あんな店を作りたい。 ゆたか屋にはデザインは必要なかったけど かっこいい店だった。おしゃれもカッコ良いも素敵も 全部全力で取り組むけど デザインに逃げる事だけはしないぞ と 最後にゆたか屋で食事をして 建物の写真を撮影した時に決めた。
昼ごはんは蕎麦屋に行く 近所に3軒あるが、最初の2軒が臨時休業で 蕎麦サミットでも開催されているのかと思ったが、最後の一軒が営業していた。 カレー南蛮蕎麦を頼む 懐かしい匂いがする。当然味は違う。美味しい。
滅多に料理をしないが、チャーハンくらいは作れる。 適当な皿に盛り付けたところで 妻が「ゆたか屋のお皿 使った方が良かったのに」 と一言。思い出は色褪せるが デザインには逃げない。
ってのが先日の飼い主の独り言。ワン。


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