
Threadsを見ると、年末なので起業してから今日までを振り返る投稿が増えている。数年前に起業して、狭い部屋で毎日徹夜して、売り上げが今これだけになっていて みたいな。皆様、苦労と努力が実って素晴らしいと思う。苦労話を積極的に聞いてくれる人は少ないので、SNSで呟きたくなる気持ちも半分か1/3くらいはわかる。
昔の話をする機会は確かに増えたが、質問された時にだけするようにしている。ポジショントークにならないように注意して、美化しないように、勘違いされないように気をつける。身を粉にした覚えもなければ、毎日徹夜なんて到底できないかった。眠たいし、帰りたかったし、仕事は遅いし、終わらないしの毎日は自慢できるようなものではない一方で、助けてくれた職人や企業さんや仕事をさせてくれたお施主様は自慢できる(何様だ)。
墓参りへ。墓石前に置いてある湯呑みを洗って水を変える。曾孫にやってもらって祖父母も喜んでいると思う。そんなに古くない線香が残っている。先に誰か来たみたいだ。仕事ばかりしているから、親戚と会う機会は減ったが、墓参りには毎月必ず行くようにしている。作法もろくに勉強していないが、報告と感謝を伝える。
昼ごはんはざる蕎麦にした。子供が食べたざるきしめんのザルが私の目の前に積まれて行く。二人前食べたように見えるので、太った気がしてくる。逆にして、食べてるのに食べていないかのような気分になるよりはマシか、と思い直す。
午後から住宅のプラン検討。打ち合わせ時のメモを見ながら、ラフにゾーニングをする。自分の中に半分施主を降臨させて家の中をウロウロしたりして、問題点をひたすらメモして、つぶして行く。
住宅の時は最初のヒアリングで生活や趣味嗜好、仕事や子育てについては聞くが、何畳の部屋が何部屋欲しいとか、リビングダイニングの広さやキッチンの向きなど間取りの詳細については聞かないようにしている。設計士と施主の相性はとても大切と考えるので、相性の確認は最初の提案図面で確認するのが一番効率がいい。細かい間取りを聞かずに、施主がグッとくるものが出せたなら相性チェックの第一段階はクリア。対価を払うわけなので、発注者には安心して任せられる建築家と出会って欲しいので、自分の考えや思想はリアクションではなく先に話す。意見交換や提案のキャッチボールは毎日のようにするが、自分が先に投げるようにしている。
家づくりを任せてもらっている自覚は常に持ち続けなければいけないが、同じくらい他人に任せる事も大切。管理したり、確認したり、チェックしたり、責任を負うのは立場からして当然だけど、「任せる」という言葉を使う時は、相手の判断を100%受け入れられる時にしたい。任せるまでの判断を正確にして、任せた後は黙って見守る。これがなかな難しいのだけど。ちなみに建築の仕事は「頂いている」のであって「一方的に任されている」とは思っていない。建築は施主と私達が一緒に山を登るような行為なので、意見のやりとりは道中沢山する。先導は私。頂上=完工ではない。
ブログを書く時は一人なので、キャッチボールとは違って壁打ちしてる気分。自分の言いたい事は半分どころか1/3も伝わらないのだろうが、それでも別にいいかなと思っている。壊れるほど愛しても三分の一も伝わらないと昔聴いた事があるので、読んでくれる人が一人いるだけで十分だ。
夜は20代の時にお世話になった先輩とファミレスで食事。仕事の話を聞く。任されているようで、本当の意味では任されていない管理職の苦労は想像を絶するものだった。皆それぞれの場所で苦悩しながら働いている。懐かしい話にも花が咲く。20代の頃は余裕もお金も時間もなかったのだが、よく遊びに連れていってもらっていた。お金を払った記憶はほぼない。
今はファミレスくらいはご馳走できるようになったが、先輩が多めに払ってくれて、お釣りも頂いてしまった。仕事がうまくいかず辛かった時に遊んでくれた恩は言葉にならないほどだが、三分の一も伝わらないだろう。
ってのが先日の飼い主の独り言。ワン。

